ベートーヴェン Ludwig van Beethoven (1770-1807)
★交響曲第5番 ハ短調★

(※このページは僕の学校での授業内容をまとめたものです)

・・・日本では「運命」という副題がついて有名ですね。
「ジャジャジャジャーン」という最初のワンフレーズを聞けば誰でもわかりますよね。
さて、この「運命」というタイトル(最近では日本以外の国でもこの副題がつけられることがある)は、
ベートーヴェンがこの曲の冒頭について、
『運命が扉を叩く音』と表現したことからつけられたそうです。

では「ベートーヴェンの運命」とはどのようなものだったのでしょう?

■ベートーヴェンの生涯■

Ludwig van Beethovenは1770年12月16日ドイツのボンに生まれ、
宮廷のテノール歌手だった父ヨハンによる英才教育を受けます。
当時の多くの音楽家は安い賃金で貴族たちの宮廷のサロンで注文を受けた曲を演奏しなければならず、
父ヨハンは自分の境遇を非常にみじめなものと感じていたようです。
その当時音楽界では神童モーツァルトが大活躍をしていました。
ベートーヴェンの父ヨハンも、息子ルートヴィヒをモーツァルトのような大スターに仕立て上げようと、
幼い頃から非常に厳しい教育をほどこしたのでした。
結果ルートヴィヒはどんどん上達し、8歳でリサイタルを行うまでになりました。

ベートーヴェンは16歳のとき「音楽の本場」ウィーンを訪れ、憧れのモーツァルトのレッスンを受ける機会に恵まれます。
ところがその矢先、実家から母の訃報を知らされます。
父は酒に溺れ、仕事もできなくなってしまったので、
父ヨハンに代わり2人の弟の面倒を見ながら苦学をしなければなりませんでした。
やがて父も死にハイドンに弟子入りしていたベートーヴェンでしたが、ここで彼に最大の苦難が訪れます。

28歳のとき中耳炎をこじらせてしまい、ほとんど耳が聞こえなくなってしまいます。
音楽家としての最大の不幸でもあり、またプライベートでも友人たちと会話をすることもままならない日々。
さらにピアノの弟子だったイタリア貴族の令嬢ジュリエッタ・ファン・グイチャルディに「月光」ソナタを献呈するものの、
彼女の母親の反対にあって、恋は破局。
思いつめたベートーヴェンは保養地ハイリゲンシュタットにひきこもり、弟たちに宛てた遺書とも言える手紙を書きます。
これが有名な1802年「ハイリゲンシュタットの遺書」です。

さらに耳の病気は悪化していくのですが、自殺を思いとどまったベートーヴェンは、
それまで以上に精力的に作曲活動に没頭します。
そうして1807年には交響曲第5番も生み出されるのでした。
その後、胃腸や目など様々な病気に見舞われ闘病の中、作曲は続けられ、
1824年にはシラーの詩「歓喜に寄す」をテキストにした最高傑作:交響曲第9番(「第九」)を完成します。

その3年後。1827年3月にベートーヴェンは56年の生涯を終えます。
その日はまさに彼の運命的な人生を表すような嵐の日だったといわれています。


交響曲第5番は有名な「ジャジャジャジャーン」の動機で全曲を形作られていることは、
ご存知だと思うので、説明するまでもありませんね。
この曲の第一楽章はソナタ形式で書かれていますが、その形式は厳密に守られていません。
ここで【ソナタ形式】をおさらい。

■ソナタ形式■
【提示部】→【展開部】→【再現部】(→【コーダ:終結部】)
【提示部】
2つの主題(第1主題と第2主題)が提示されます。
主題とは簡単に言うとメロディのこと。
この2つのメロディは異なる性格を持っているほど曲の構造が明確にみえます。
例えば第1主題が力強く男性的だったら、第2主題はやさしく女性的なメロディに。

【展開部】
提示部で提示された2つの主題が展開されていきます。
転調をし、音高やリズムが変容していったり、メロディが分解されたり、
2つの主題が組み合わされたり、自由に展開されていきます。
この展開の仕方が作曲家によって個性があらわれる見せ場。

【再現部】
提示部が再現されます。
展開部で展開しつくされた主題が元の形に戻ります。
「運命」では元の形と一箇所違う部分があるのがポイント!

【コーダ:終結部】
エンディングです。ベートーヴェンのコーダは長い!
終わりそうでなかなか終わらない・・・。


では「運命」交響曲第一楽章もソナタ形式に沿って聴いていきましょう。


■「運命」のナゾ■


【提示部】は2回繰り返されます。2つの主題の印象やメロディを確実に覚えてもらうためです。
[聴き方のススメ]1回目は何も考えずに聴き、繰り返された2回目に主題に、自分なりのタイトルをつけましょう。

この曲が書かれる前にベートーヴェンは自殺を考えていました(ハイリゲンシュタットの遺書)
僕はこの「運命交響曲」は
「自殺を考えるまでに追い込まれた人間の苦悩と格闘」
を表現しているように感じます。
(※もちろんこの曲を標題音楽におとしめてしまうのは本意ではありません。飽くまでこの曲を初めて聴くためのガイドとしてお読みください。)

冒頭の動機を「運命が扉を叩く音」と表現したベートーヴェン。
第1主題は彼を襲う苦難の運命。さらには彼を死の誘惑にまで駆り立てたのです。
第1主題=「死への誘惑」
のテーマとしましょう。
第2主題は一転、やわらかく優しさに満ちたメロディ。
彼を救った母(愛した女性)との思い出や「生」への憧れ。
第2主題=「救い」
のテーマとします。


【展開部】に入り、「死への誘惑」がより一層緊張感が増します(転調する)。
比較的短い展開部から一気に【再現部】に突入します。
この再現部がミソ!実は提示部の再現の中にワンフレーズ異質なものが挿入されています。

[聴き方のススメ]
ベートーヴェンの曲を聴く場合に重要なのは、「ソナタ形式」にそって曲が書かれているにも関わらず、
その形式を無視した、あるいは逸脱した箇所が現れます。楽曲分析をすることや動機処理の巧さに着目するよりも、
「なぜベートーヴェンは形式を崩す衝動に駆られなければならなかったのか?」ということが重要です。


【再現部】の第1主題を再現している最中に、
突然オーケストラが沈黙しオーボエのみによるレチタティーヴォが現れます。
これはまるでベートーヴェンのを表しているかのようです。
このときのベートーヴェンの心情は個人個人で想像してみてください。
何事もなかったかのように第1主題が戻ってきて、第2主題も再現されます。
第2主題の中にもよーく聴くと「運命」の動機が隠れています。


そして長い長い【コーダ】エンディングを迎えます。
「死への誘惑」と「救い」のテーマが入り乱れ、
まるで自殺の衝動に駆られている自分と思いとどまる自分が闘っているかのようです。
まさにこのコーダは「魂の葛藤と格闘」です。
最後はハ短調の重々しい和音で第一楽章を閉じます。

その後、第2、第3楽章と続き、第4楽章では華やかなファンファーレが歌われます。
そうです。彼は「死への誘惑」から完全に勝利したのです。
第4楽章は『勝利』の音楽です。

ベートーヴェンは死の誘惑に打ち克ち、力強く生きることを決意しました。
人間の「強さ」、「生きることの素晴らしさ」を表しているこの曲は、
交響曲第3番で表現した『英雄』以上に強く、偉大です。
私たち人間はとても弱いもの。
でもその奥深くには誰の心にもベートーヴェンのような『強さ』も存在するはずです。
思い悩み、苦しんだときこそ聴いて欲しい曲の一つです。


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