オペラ「魔笛」よりパパゲーノという人
鳥刺しパパゲーノは夜の女王の国に住んでいます。
女王の侍女たちに自分がつかまえた鳥を渡し、
その代わりに食べ物や飲み物をもらって生活しています。
親のことは知りませんが、「昔おじいさんが一緒に暮らしていた」と言っているので、
おそらくこの人が父親だったのだと思います。
パパゲーノは何を考え、どんな生き方をしていたのでしょうか?
そんなことをちょっとだけ考えてみたいと思います。
【その1】〜職業:鳥刺し〜
自分がつかまえた鳥と交換にパパゲーノは飲食物をもらいます。
その食べ物と飲み物というのは・・・
「パンとワイン」です。
初演のパパゲーノを演じたシカネーダの衣裳が絵に残っています。
それによると彼は大きな鳥かごを背負っています。
もしパパゲーノが狩りをするのであれば、鳥かごは必要ありません。
鳥かごを背負っている・・・ということは、
パパゲーノは鳥たちを生け捕りにしているのです。
つまり・・・
夜の女王は食用としてパパゲーノに鳥を狩らせているのではなく、
生きた鳥を持参させています。
この鳥たちはすなわち観賞用に捕らえられているのです。
ということは・・・
夜の女王は『美=芸術』を理解する人だったのです。
パパゲーノは猟師ではなく、美しい鳥を捕まえる名人。
すなわち『職人』であり、飛躍して考えると『芸術家』でもあるのです。
パパゲーノは舞台役者(座長)のシカネーダそのものであり、
モーツァルト自身でもあるのだと思います。
【その2】〜パパゲーノの視点〜
パパゲーノはタミーノが王子様だと聞いても、
それまでの態度を改めることはありませんでした。
地位や位に全く興味がないんですね・・・。
夜の女王や侍女は単なる自分の生活を支援してくれる上客。
彼の中ではその関係は対等に過ぎません。
これはザラストロに対しても、僧侶に対しても同じ。
彼は時代に強制された価値観とは無縁で、
自分の価値観を信じています。
その感覚は当時の社会情勢において、新しい価値観を持つ人だったはずです。
黒人(ムーア人)のモノスタトスを初めて見たときに、
彼はこんなことを言っています。
「あ〜びっくりした!
でも考えてみれば鳥にだって黒いのがいるんだから、
人間に黒いのがいたって不思議じゃないや。」
僕はこの台詞を読んだとき、感動しました。
現代人の僕たちから見たら何てことのない台詞ですが、
当時の台詞として考えるとすごいことです。
肌の色すらパパゲーノの価値観には関係ない。
モーツァルトはこの時代に生きながら、
すでに人種差別の無意味さを表現していたのです。
まさに新人類・・・新しい価値観を持つ人物・・・それがパパゲーノなのです。

↑パパゲーノとモノスタトス(2007年東京シティオペラ)
【その3】〜音楽の力で平和が訪れる〜
夜の女王は自分の娘を太陽王ザラストロから奪還すべく、
タミーノとパパゲーノをザラストロの国に向かわせます。
そのときに二人に授ける武器は「魔法の笛」と「魔法の鈴」です。
剣でも銃でもなく、楽器を持ち、彼らは敵地へ乗り込みます。
きっとワーグナーのオペラだったら当たり前のように剣が手渡されたでしょう(笑)
この「魔法の笛」と「魔法の鈴」・・・様々な力を持っていますが、
その力は決して人を傷つけません。
その音色を聞くと動物たちが幸せそうに耳を傾け、
襲い掛かってきた敵も戦う気力を失い、踊り出します。
全ての生き物、人を幸せな気持ちにしてしまう魔法の音を奏でるのです。
「音楽の力で世界には平和が訪れる」
・・・そんなメッセージをモーツァルトは自らの音で表現しているのだと思います。
この作品はモーツァルトの他のどの作品にもない、
時代を超えたメッセージを詰め込んだおとぎ話なのです。
【その4】〜生き方〜
地位や名誉には無頓着なパパゲーノ。
そこへ強烈な価値観を持ったザラストロとその取り巻きの僧侶が現れます。
ザラストロの価値観とは「宗教」。
理想的な生き方を体得するために、ザラストロに命じられるまま、
タミーノは彼らの修行に臨みます。
ところが、その隣で自由気ままに邪魔をしているパパゲーノ。
パパゲーノには宗教も理想の生き方も何の価値もありません。
彼は「ただおいしいものを食べて、おいしいワインがあればそれでいいんです。」
『生きる』ということにただただ純粋に。
これから来るべき「市民たちによる世界」がパパゲーノによって語られているのです。
そしてもう一つ彼にとって大事なことは、
かわいい女房を持って、子孫を残すこと・・・とてもシンプルです。
でもそんなシンプルなことを語った人物が、
歴史上のオペラ作品の中に一人でもいたでしょうか?
パパゲーノのことを「野生的な自然児」と表現する人がいますが、
そうではありません。
貴族社会に生きたモーツァルトが、歴史上初めてオペラの世界に描いてみせた、
とても新しいタイプの人間・・・最も人間らしい価値観を持った人物なのです。
だからこそこの作品が「市民のための」作品であり、
当時にとって、新しい価値観=新しいタイプの「芸術」だと言えた作品なのです。
そしてそのメッセージは実にシンプルです。
「人間らしく生きなさい」
「ありのままの価値観を持ちなさい」
「音楽の力で世界に平和を」
時代を超えてモーツァルトはパパゲーノを通して僕たちに訴えかけているのです。
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